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(記事全文) 特集「STORY OF MY DOTS」は、“レイブル期”=「仕事はしていないけれど、将来のために種まきをしていた時期」にある若者を応援していく、レイブル応援プロジェクト大阪一丸との共同企画です。 みなさんは「レイブル」という言葉を聞いたことはありますか? 以前、こちらの記事でも紹介しましたが、レイブルとは「レイトブルーマー(遅咲き)」を略した言葉で、ニートの中でも働く意志を持って行動を起こしている若者を意味します。 今、まさにこのレイブルの時期にある人は全国に60万人以上いると言われていますが、振り返れば誰にでもちょっとした“レイブル期”=「仕事はしていないけれど、将来のために種まきをしていた時期」があったのではないでしょうか。 ■ “レイブル期”こそ将来につながる宝もの Appleの創業者である故スティーブ・ジョブス氏の言葉に、「Connecting the dots」という有名な一節があります。 先を見通してドット(点)をつなぐことはできない。それらは振り返ってつなぐことしかできないのだ。だから将来何らかの形で点がつながると信じること。そのことが私の人生に大きな違いをもたらしてくれた。 ー スティーブ・ジョブズ スタンフォード大学卒業式辞より いま何もできていないように感じられても、それが回り道に見えても、きっと何らかの形でつながっていくはず。”レイブル期”にある若者こそ、「将来につながる大切な点を、まさに生きている」のかもしれないのです。 そこでこのシリーズ「STORY OF MY DOTS」では、各方面で活躍している方々に、ひとつひとつの点のエピソードを伺い、どんなレイブル期を経て今があるのかを聞いていきます。第一弾は、greenz.jp編集長のYOSHさんのお話をお届けします! 兼松佳宏 (かねまつ・よしひろ) 1979年生まれの勉強家 兼 お父さん。greenz.jp編集長/NPO法人グリーンズ理事。秋田市出身、鹿児島市在住。新卒のウェブデザイナーとして制作プロダクションに所属しながら、NPOのウェブサイト構築にプロボノで関わる。CSRコンサルティング企業に転職後、2006年フリーランスのクリエイティブディレクターとして独立。ウェブマガジン「greenz.jp」の立ち上げに関わる。2010年12月より編集長。著書に『ソーシャルデザイン 社会をつくるグッドアイデア集』(グリーンズ編)、『日本をソーシャルデザインする』(同)、『クリエイティブ・コミュニティ・デザイン 関わり、つくり、巻き込もう』(共著)など。 ■「僕がやりたいことはウェブデザインなの?」 YOSHさんのレイブル期は、27歳のとき。大学生の頃からウェブデザイナーとして働いていたYOSHさんは、前年の26歳のときに独立。ブログも人気を集め、“面白いウェブデザイナー”として注目されていたそうです。その評判から、大手IT企業が主催するデザイナー向けカンファレンスの企画を一任されることに。 1日で8コマ、20人のゲストをお呼びしてトークをするイベントだったんですが、ゲストの人選やテーマの設定も含めて、一日の流れを全部自分で考えたんです。それまではウェブデザイナーとしてしか仕事をしたことがなかったので、イベントをプロデュースする仕事は初めてでしたが、すごく面白くて、次もそういう仕事をしたいと思うようになりました。 すでにその頃、「僕がやりたい仕事はウェブデザイナーではないのかも?」と漠然と思っていたYOSHさんですが、その期待とは裏腹に、ウェブデザインの仕事しか依頼は来ませんでした。発注が来ても断るようになり、引き受けていたものも進まなくなり、クライアントから連絡が来てもメールを返せない…と、どんどん心が閉じていってしまったのです。 病院に通ったわけではないですが、軽いウツ状態だったと思います。このままじゃ本当にダメだというところまで落ち込んで、あるとき「今こういう状況なので仕事が手につきません」と覚悟を決めてメールを送ったんです。 そしたら当時一緒に仕事をしていた方々が、「僕も前に同じように仕事を休んだことがあるから、その気持ち分かるよ」とか「落ち着くまで待ってるよ」と温かい言葉をかけてくれて。どうやらみんなそれぞれに仕事ができなかった時期があったらしく、理解をしてもらえてすごくホッとしましたね。 とはいっても、東京にいたらいろんな人から連絡が来てしまう…ならば、「いっそ海外へ行こう!」と、国外脱出を決意。最初に訪れたのはアメリカ、サンフランシスコでした。実はこのとき、唯一続けることができた仕事が、「WebDesigning」という雑誌の連載記事だったのです。 「デザインは世界を変えられるか?」というテーマで、月に一度、国内外のデザイナーによる社会的なプロジェクトの記事を書いていたんです。とはいってもほとんどメールでのインタビューだったので、実際に会ってみたいなともともと感じていました。そんなこともあって、これを機にサンフランシスコのデザイナーに会いに行くことにしたんです。 こうして一週間、アメリカに滞在した後、次はロンドンへ渡ります。ロンドンでは記事を書いたり、知らない街に旅をしたり、アパートを借りてゆっくり暮らしたそう。そして一ヶ月程して日本に戻ると、「なんだかそわそわした」と感じ、今度は秋田の実家へ引きこもることに。 秋田にも一ヶ月くらいいたんですが、何をしていたかあんまり記憶がないんです。たぶん、いろんな人に話を聞いてもらったんだと思う。そのうちに心の矢印が上向きになって、「そろそろ戻ろうかな」という気持ちになりました。元気が出るきっかけって、案外そんなものなのかもしれません。 ■ 目指すは「わが人生、一点の曇りなし」 秋田から東京に戻り、最初にやったことは”断捨離”でした。「なんだか今の僕には関係のないものを持ちすぎているな」と、色々なものを捨て、食生活も見直し、心身ともに軽くしていきました。 こうして徐々に仕事へも復帰し、2008年1月にグリーンズへ参加。もともと2006年にグリーンズが立ち上がったときから関わっていましたが、グリーンズのメンバーで会社をつくるときに「一緒にやろう」と声をかけてもらったそうです。 26歳当時の写真を見ると、ギラギラしているというか尖った顔をしているんですよね。それまで順調に進んできて、自分はすごい人間だと勝手に思い込んでいたけど、この27歳のときに初めて大きな挫折を経験した。辛い思いはたくさんありましたが、おかげで丸くなりました(笑) 今グリーンズのコミュニティが温かいと言ってもらうことがあるけど、それもこの経験があったからこそ。26歳の自分では、今のグリーンズはつくれないと思います。 と振り返るYOSHさんですが、「詳しいことはあんまり覚えていないんだよね」と笑います。 あの時期はすごく辛かったけど、トラウマになっていないというか、わだかまりを感じていない。それは、その都度ちゃんと解消しているからだと思います。 僕は最期のときに、「わが人生、一点の曇りなし」という状態でありたいと思っていて、何かモヤモヤが発生したときには、すぐにその曇りを消すようにしています。時間が経ってしまうとこちこち固まって、なかなか消えなくなってしまうし。 これは仕事をする上でも、家族に対しても、どの相手にもそうありたいと思っています。 大変な状況でも続けられた唯一のことが”書くこと”だった レイブル期を顧みて、もう一つ発見がありました。 それは、そんな大変な状況でも、書くことだけは続けられたということ。 ほかの仕事は乗り気がしないのに、不思議と連載の執筆は苦にならなかったんです。社会と唯一つながれている安心感もありましたしね。結局WebDesigningの連載は3年くらい続いて、全部で40本くらい書いたかな。編集長の馬場静樹さんにもずいぶん支えていただきました。 今振り返ると、レイブル期を経て「結局、僕は何をしたいのか」を整理できたんだと思います。一言でいうと、自分の気づきや勉強したことを言葉にして届けたい。その思いは大学生の頃からずっと変わらないし、今なお僕の仕事の源泉としてあり続けています。 今は「空海とソーシャルデザイン」というテーマで文章を書いていますが、これからもいろんな気づきを一石として投じて、その予期せぬ波紋を眺めていきたいと思っています。 ウェブデザインではなく、ゼロからプロジェクトを考える仕事をしたい。レイブル期のその葛藤に悩みながら、やがて編集長の道へ進むことになったYOSHさん。結果的に、グリーンズでgreen drinks Tokyoなど様々なイベントを企画したり、あの頃描いていた姿に近づいているのだから、どこで何がつながるか、分からないものです。 *元記事は以下のリンクから読めます。 http://greenz.jp/2013/12/03/latebloomer_yosh/ 点と点が線になり、また先へと伸びていく。「今」もまたどこかへつながっている。まさに今レイブル期にいる人も、いつか振り返ったとき、「あの時があったから今がある」と思える日が来るかもしれません。 みなさんもぜひ、「大変な時期でも続けられていること」を、見つめなおしてみませんか?そこに一歩進むためのヒントが、きっとあるはずです。
(記事全文) 大阪市の水族館「海遊館」の運営会社で働く男性管理職が部下の女性にセクハラ発言を繰り返したことをめぐり、男性を出勤停止とした懲戒処分が重すぎるかどうかが争われた訴訟の上告審で、最高裁第一小法廷(金築誠志(かねつきせいし)裁判長)は二十六日、「管理職としてセクハラ防止を指導すべき立場だったのに、みだらな発言を繰り返したのは極めて不適切だ」として、処分は妥当と判断した。 判決は「処分は重すぎる」として無効とした二審判決を破棄し、無効確認を求めた男性側の請求を退けた。五人の裁判官全員一致の意見。男女雇用機会均等法は、事業主にセクハラ対策を義務づけている。言葉によるセクハラは、体を触るなどの身体的セクハラより軽くみられがちだが、厳しく対応する企業を後押しする司法判断となった。 判決によると、海遊館の課長代理だった四十代の男性二人は、三十代と二十代の女性派遣社員に「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん」「結婚もせんで、こんな所で何してんの」などと一年以上にわたり発言。海遊館は二〇一二年二月、男性二人をそれぞれ三十日と十日の出勤停止の懲戒処分とした後、いずれも係長職に降格させた。 小法廷は「管理職が弱い立場の派遣社員の女性らにみだらな発言を繰り返し、強い不快感や嫌悪感、屈辱感を与えた」と指摘。発言が長期間に及ぶことや二人が管理職だったことを重視し、懲戒解雇に次ぐ重い処分の出勤停止とその後の降格は妥当と判断した。 訴訟で男性側は「事前の警告なく処分したのは行き過ぎだ」と主張。一審大阪地裁は処分を妥当として請求を棄却。二審大阪高裁は、女性側が明確に拒否しなかったことなどから「処分は重すぎて酷」と判断、男性側が逆転勝訴していた。 ◆言葉だけなら…軽視に警鐘 「悪気ない」言い訳通じず 職場でのセクハラ防止に向けた取り組みは、広がりつつあるが、その中身は企業間で格差があるのが現状だ。今回の最高裁判決は、従業員の過半数が女性の職場で、セクハラ防止を進めるべき立場の管理職がセクハラ発言を繰り返した点を問題視。軽視されがちな言葉によるセクハラをめぐる懲戒処分を最高裁が妥当とした意義は大きい。 「言葉のセクハラは大したことがないと考え、対策が遅れている企業には強い警鐘となるだろう」。セクハラ問題に詳しい山田秀雄弁護士(第二東京弁護士会)は、判決の意義を強調する。 山田弁護士によると、言葉のセクハラは「言っただけで体は触っていない」と深刻に受け止めない人も多く、体を触るセクハラより軽視する考えが根強い。判決が、処分を決める際、被害者が嫌がったかどうかを過度に考慮しなくても良いことを明確にした点も山田弁護士は評価。「『悪気はなかった』という言い訳が通じなくなる」と話す。 判決を受けて、これまでは口頭での注意にとどめていた企業側が、セクハラをした当事者に懲戒処分を出す動きが広がる可能性がある。山田弁護士は「いきなり一罰百戒的に厳しくするのは誤り。厳しく処分するか、再発防止に力を入れるかを企業として明確に示すべきだ」と強調した。 (加藤益丈) <最高裁が認めた主なセクハラ発言> ◇課長代理(30日の出勤停止、降格) 「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん」「でも、俺の性欲は年々増すねん。なんでやろうな」 自らの浮気相手の話をした後「こんな話をできるのも、あとちょっとやな。寂しくなるわ」 女性客について「今日のお母さん良かったわ」「好みの人がいたなあ」 ◇別の課長代理(10日の出勤停止、降格) 「もうそんな年になったん。結婚もせんで、こんな所でなにしてんの。親泣くで」 「もうおつぼねさんやで。怖がられてるんちゃうん」 「夜の仕事とかせえへんのか。時給いいで。したらええやん」 社内のセクハラ研修後に「あんなん言ってたら女の子としゃべられへんよな」 *元記事は以下のリンクから読めます。 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015022702000157.html
(記事全文) 総務省が二十七日発表した一月の完全失業率(季節調整値)は、前月比0・2ポイント上昇の3・6%となり、四カ月ぶりに悪化した。 厚生労働省が同日発表した一月の有効求人倍率(季節調整値)は、前月と同じ一・一四倍だった。 総務省は失業率の悪化について「人手不足を背景に新たに職探しを始める人が増えたが、就職に結び付かず失業率を押し上げた」と分析。厚労省は雇用情勢は着実に改善しているとした上で、個人消費の伸びの弱さに注意が必要と指摘した。 男女別の失業率は、男性が前月比0・2ポイント悪化の3・8%で、女性も0・1ポイント悪化の3・3%。完全失業者数は前年同月比七万人減の二百三十一万人だった。 都道府県別の有効求人倍率は、最も高かったのが東京都の一・六七倍。最も低かったのが沖縄県の〇・七六倍だった。 *元記事は以下のリンクから読めます。 http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2015022702000257.html