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(記事全文) 米国でベストセラーとなり資本主義の本質を巡り激しい議論を巻き起こした本「21世紀の資本」(英題は「Capital in the Twenty−First Century」)の邦訳が、12月8日に発売される。富の不平等、すなわち貧富の格差の拡大は資本主義の宿命だ−−とする衝撃的な主張を、この国でどう読むべきなのか、考えた。【内野雅一】 ◇進む「少数による利益独占」/ブレーキなき経済への警鐘 「21世紀の資本」は、フランスの経済学者でパリ経済学校教授のトマ・ピケティ氏(43)が昨年著した。今年4月に米国で英訳が出版されると、696ページ、厚さ約5センチの大著にもかかわらず50万部を超すベストセラーに。JR東京駅そばの丸善丸の内本店の洋書コーナーにもずらりと並んでいる。 「経済の専門書だからゆっくり出せばいいと考えていましたが、米国で評判になったので前倒ししました」。うれしい「誤算」を語るのは、邦訳を売り出す「みすず書房」編集者、中林久志さんだ。 間もなく「日本人のためのピケティ入門」を出版する経済評論家でアゴラ研究所所長の池田信夫さんに、解説をお願いした。 「ピケティ氏の主張を要約すれば、資本主義のもとで貧富の差が拡大するのは当然だ、その理由は『資本収益率』というものが『経済成長率』をずっと上回ってきたからだ……ということです」 資本収益率とは、株や不動産投資の利回りを指す。一方、経済成長率は国民総所得(GNI)の伸びだが、ピケティ氏はこれを、労働者が得る賃金の伸び率とほぼ同じと捉える。そのうえで、18世紀以降の平均値を比較し、資本収益率の5%が経済成長率の1〜2%を上回っていると指摘。資産家が「高利回り」の投資で財産を増やす一方、労働者はわずかな賃金上昇に甘んじるしかなかったというのだ。 欧米で戦争もなく消費文化が花開いた19世紀末から20世紀初頭は「ベルエポック(良き時代)」と呼ばれる。だが、工業化の恩恵は一部の資本家しか享受できず、ピケティ氏が言うように貧富の差が著しく拡大した。彼によると、1910年の米国では上位1割の富裕層が国全体の資産の8割を占めたそうだ。 しかし、2度の世界大戦を経て格差は縮小する。この時期を分析した米国経済学会の重鎮、サイモン・クズネッツ氏(1901〜85年、71年にノーベル経済学賞)は「経済発展の初期段階を過ぎれば工業化が進み、所得が増え、格差は縮小する」と結論づけた。「クズネッツ氏の研究は『資本主義の素晴らしさを示すもの』と受け止められ、経済学も『経済発展とともに資本収益率と経済成長率は等しくなる』と教えてきました。これらの定説を、ピケティ氏は真っ向から否定した。そこに驚きがあったのです」(池田さん) ピケティ氏は、集めるのに15年かかったというフランス、英国、米国、日本など20カ国以上の過去300年にわたる税務統計を詳細に分析。第二次大戦後に格差が縮まったのは、戦争で資産が破壊され富裕層への課税も強化されたことによる「例外」に過ぎず、80年代以降は再び格差が拡大。今やベルエポックのそれに近づきつつある−−と警告する。 事実、経済協力開発機構(OECD)によると、米国では上位1%の所得が81年には全体の8・2%だったが、2012年には倍以上の19・3%に達した。失業や貧富の差の拡大に「我々は(上位1%に入れない)99%だ」と不満を爆発させた米国の人々が11年に、ニューヨーク・ウォール街を占拠したのは記憶に新しい。 「21世紀の資本」が訴える内容は、日本人にとっても人ごとではない。日本での貧困層の増加を指摘し続ける京都女子大学客員教授(労働経済学)の橘木俊詔さんは言う。「日銀が追加金融緩和を決めたが、こうした資産家優遇の政策を続けていくと、資産家がさらに資産を増やし、格差がこれまで以上に広がる可能性がある」。非正規社員は4割近くに達し、貯金のない世帯は3割に上る。 東京大大学院教授(マクロ経済学と金融)の福田慎一さんは「先進国の成長率は低下し、社会保障などの所得再分配も財政事情から絞られる傾向が強まっています。日本はアベノミクスで金融市場だけが踊っていますが、実体経済の歯車を動かさないと所得の不平等が深刻化する」と心配する。 「資本主義の終焉(しゅうえん)と歴史の危機」を今年著した日本大学教授(マクロ経済学)の水野和夫さんは「資本主義は誕生以来、少数の人間が利益を独占するシステム」と言い切る。1人当たり実質国内総生産(GDP)が世界平均の2倍以上を有する国の人口比率を調べたところ、工業化が進んだ1800年代半ばから01年にかけての平均は14・6%だった。水野さんは「近代の定員15%ルール」と呼ぶ。 「15%の『中心』が残り85%の『周辺』から利益を吸い上げているのが資本主義です。19世紀、英国はインドを搾取し、20世紀の米国はカリブ海の国々を貧しくした」。途上国の犠牲のうえに先進国が豊かさを享受する、国の外に「周辺」をつくり出す帝国主義の側面である。中国が高成長を遂げて新興国となり、アフリカが資源開発され、外に「周辺」をつくりづらくなった。どうしたか。「国内に『周辺』をつくるようになったのが21世紀の特徴です。米国は貧しい人にサブプライムローン(信用力の低い人向け住宅ローン)を組ませ、日本は非正規社員を増やし、EU(欧州連合)ではギリシャやキプロスを貧しくしている」と水野さんは指摘する。 資本主義が生きながらえてきたのは「暴走を食い止めた経済学者らがいたから」と水野さん。18世紀、アダム・スミスは「道徳感情論」で金持ちがより多くの富を求めるのは「徳の道」に反すると説き、19世紀にはカール・マルクスが資本家の搾取を見抜き、20世紀になると「失業には政府が責任を持つべきだ」とジョン・M・ケインズが主張した。 だが、新自由主義が唱えられ始めた21世紀、ついに「ブレーキなき資本主義と化してしまった」(水野さん)。 そこに警鐘を鳴らすのが「21世紀の資本」だ。マルクスの「資本論」をほうふつとさせる題名だが、ピケティ氏はテレビのインタビューで語っている。「私は資本主義を否定しているわけではなく、格差そのものが問題と言うつもりもありません。ただ、限度がある。格差が行き過ぎると共同体が維持できず、社会が成り立たなくなる恐れがあるのです」と。 ネット炎上、ヘイトスピーチ、「誰でもよかった」殺人の多発−−日本で広がる不気味な動きに、その兆候はないか。資本主義を問い直す時に来ている。 *元記事は以下から読めます。(無料会員登録必要) http://mainichi.jp/shimen/news/20141119dde012040003000c.html