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2013年3月27日、兵庫県小野市議会は、数多くの問題が指摘されている「小野市福祉給付制度適正化条例」を可決した。内容のうち特に問題となっているのは、「生活保護などの福祉給付を受けている人々が、ギャンブルなどの浪費を行っている場合には、地域住民が市に情報を提供する」という部分だ。そもそも、本人の生計の維持を危険にさらすほどの浪費に対して、周辺の人々が注目したり干渉したりすることは、問題の解決のために有効なのだろうか?
今回は、ギャンブル依存の研究者に、小野市の適正化条例への意見を聞いた。専門家から見て、小野市の試みに成算はあるだろうか?
■ 干渉すればするほど悪化するのが依存症
2013年2月27日、兵庫県小野市議会に提出され、3月27日に可決(施行は4月1日から)された「小野市福祉給付制度適正化条例(適正化条例)」は、前回レポートしたとおり、
「生活保護などの福祉給付受給者であることは、そうでない人と異なる取り扱いを受ける理由になりうるのか?」
をはじめとして、数多くの問題点をはらんでいる。そもそも、
「生活保護を受給している人が、(他の誰かによって)問題ありとみなされる消費をしている」
という問題に対し、周辺の人々の視線や言動は、解決をもたらしうるのだろうか? かえって本人の反発を招き、
「お前らがそんな目で見るから、そんなことを言う上に言い方が悪いからムカついた。今まで以上に問題を起こさずにいられるか!」
と自暴自棄の行動に走らせたりする可能性もあるのではないだろうか?
筆者は、長年にわたってギャンブル依存の研究を行なっている滝口直子氏(大谷大学教授・文化人類学)に、専門家としての意見を聞いてみた。滝口氏は開口一番、
「地域のネットワークの中での『監視』『説教』『なじる』で、ギャンブル依存症者が回復につながった例はないです。そういう行動って、結局、『上から目線』でコントロールということですよね?」(滝口氏)
と、小野市の適正化条例が意図するところに疑義を表した。自分では善意や親切だと思っており、口にしたり行動に移したりすれば自意識の満足も得られる行動が、相手の役に立っていない場面は、確かに少なくない。
「そもそも、自分にも他人にもコントロールできないのが依存症なんです。誰かがコントロールしようとすると、『コントロールをめぐってのパワーゲーム』という方向に行きます。ギャンブルを妨げられると、どんなことをしてもギャンブルをしようとします。依存してない人でも、『上から目線』で誰かに何か言われたら、反発しますよね?」(滝口氏)
生活保護当事者であろうがなかろうが、人間の自然な心情に違いがあるわけはない。周囲の干渉で解決したように見えても、状況がさらに悪化する場合もある。
「アルコール依存と違って、ギャンブル依存は、隠し通したり騙し通したりすることができます。臭うわけでも、健康診断で問題が発見されるわけでもありませんから。それに、ギャンブルに依存している人は、『仕事もしないでギャンブルばかり』というイメージに当てはまるとも限らず、意外に、勤勉な働き者であることも多いです。ギャンブルには、元手のお金が必要ですから」(滝口氏)
生活保護を受給していると、「生活保護なのにギャンブル」という非難が突き刺さる。自由になるお金も少ない。だから、勤勉に働き、生活保護から脱却することもある。周囲の人々から非難や干渉を受けた結果、本人は経済的自立を遂げる。周辺の人々は、非難したり干渉したりすることによっても、本人の経済的自立によっても、精神的な満足を得る。一見、理想的な解決に見える。
「でも、そこで終わりではないんです。数年後、またギャンブルで大きな借金をしてしまうということになりかねません」(滝口氏)
もしかすると、生活再建のために、自己破産して生活保護を申請するしかなくなるかもしれない。
「結局、監視やコントロールでは、悪くなるだけなんです。監視したり説教したりすればするほど、本人は、より上手にすり抜け、より上手に嘘をついてギャンブルするようになります」(滝口氏)
パチンコ・競馬・競艇など、分かりやすいギャンブルだけが「ギャンブル」というわけではない。
「ギャンブルしていることを隠すとか、説教されたり非難されたり監視されたりするのを上手にすり抜けてギャンブルをするとか、そういう行動もまたギャンブルです。問題あるギャンブラーはたいてい、生活の何もかもをギャンブルにしています」(滝口氏)
かといって、そのままの状況が続くことは、まず、本人にとって好ましいことではないだろう。本人自身も「やめられるものならやめたい」と思っていることが少なくない。問題は、どこで治療が受けられるのかである。
■ 小野市のギャンブル依存者はどこで治療を受ければよいのか
関東の場合、依存症に関しては、国立病院機構・久里浜医療センターという一大拠点がある。Webサイトを見ると、アルコール依存症・インターネット依存症以外の依存症は見当たらないが、その他の依存症に対応しないというわけではない。また、ギャンブル依存症を含め、依存症治療に実績のある病院も数多い。入院して治療を行い、退院した後の生活を支える中間施設やグループホームもある。依存症からの回復には、同じ問題を抱えた人々との自助グループに参加し続けることが必須だが、特に東京近辺には、数多くの自助グループがある。自分に適した、長期に通い続けることのできる自助グループを見つけることは、それほど困難ではない。
小野市のある兵庫県の場合はどうだろうか? アルコール依存症に関しては、兵庫県立光風病院に専門病棟がある。しかし、その他の依存症に関しては、そもそも情報がほとんど見当たらない。神戸市で開催される自助グループ「ギャンブラーズ・アノニマス」の案内を見つけるのが精一杯であった。
「行政の『こころの相談センター』に問い合わせれば、自助グループの情報は得られると思います。また、大阪に、依存症全般に関して定評のある精神科クリニックもあります。日本には、まだ『依存症専門職』の認定制度はありませんけど。また、京都には、中間施設(注)『京都マック』もあります。主な対象はアルコール依存症者ですが、ギャンブラーも行っています。そういうところに相談してみればいいと思います。あくまでも、本人がその気になれば、の話ですが」(滝口氏)
行政も含めた周辺にできることは、情報を集積し、適切なタイミングで提供し、もし本人が回復のために何らかの行動をしようとしたときに「自助グループに通うための交通費を支給する」「治療のために他自治体に転居する手続きを円滑に進める」といった支援を行うことでしかない。滝口氏によれば、アルコール依存症の場合、自助グループに通うための交通費は、生活保護の医療扶助から支給されるということだ。
「でも、こういう関わり方って、善意だけで自然にできる言動ではないんです。どういうふうに関われば良いのかについては、経験を積んだ自助グループ等の方に教えてもらう必要があります。そうでなくては、単なる監視になってしまいます」(滝口氏)
一般の人々が今日これからできることは、多くなさそうだ。さらに、産業界によって解決されるべき問題もある。オンラインゲームの「コンプガチャ」が問題になったのは、記憶に新しい。
(注)入院して治療を受けた後、地域生活に必要なスキルや習慣を身につけるなどの目的で入所する施設。病院と地域の中間なので「中間施設」と呼ぶ。
「日本のゲーム産業・ギャンブル産業にも、問題があります。害を少なくして益を大きくすることは、その産業界の責任だと思うのですが。日本だと、16歳の少年がパチンコ屋に入っても、周囲の大人は知らん顔ですよね。法律も守られていません。産業界の社会的責任を、もう少し考えてほしいです。生活保護だと、ギャンブルを充分に楽しめる経済的余裕はありませんから、ギャンブルなしで健康的に生活できる支援が必要です」(滝口氏)
その支援は、監視やお説教や高圧的な指導ではないだろう。滝口氏は、今回の小野市の適正化条例を、どう見ているだろうか?
「イヤな雰囲気になりませんか? 『あの人は生活保護じゃないのか』という推測に基づく監視の雰囲気が出てくるとするなら、そういう社会は、健全ではありえないと思います。生活保護で、ひとまず最低限の生活が保証されることは、社会の安定につながります。生活保護は、排除すればするほど、社会にマイナスとして戻ってきます。声を出していくことが大事だと思います」(滝口氏)
■ なぜ生活保護率が低いのか、データで見る小野市の福祉の現状
福祉に関する小野市のデータを見ていると、いくつか気になることがある。重度身体障害者の人数に対してヘルパー派遣の利用者が非常に少ないことと、精神障害者比率が非常に少ないことだ。
「小野市の保険と福祉」平成24年版によれば、平成23年の身体障害者(児)手帳所持者は1895人であった。現在の小野市の人口は5万241人である。人口を5万人とすれば、身体障害者手帳所持者の比率は、約3.8%となる。全国平均では2.9%である(平成24年障害者白書による)。この差の背景にあるものは、現時点では、筆者には推察のしようがない。小野市の高齢化率が、特に高いわけでもないからだ。
しかし、身体障害者手帳で1級・2級となる重度障害者は、小野市には844人いる。この、日常的に何らかの介助を必要としているはずの人々の人数に対して、ヘルパー派遣(介護給付)の利用数は少ないように見受けられる。同資料によれば、平成23年、ヘルパー派遣を利用したのは32世帯であったという。可能性としては「身体障害者の多くが高齢で、介護保険の適用対象となっているのかも」「家族と同居している場合には、ヘルパーを派遣しないという運用がされているのかも」「介護給付の支給決定は行われているけれども、時間数が少なすぎるために、引き受ける介護事業所がないのかも」「障害者を対象とした介護事業所が非常に少ない(注)のかも」などが考えられるが、「それにしても、こんなに少ないということがあるだろうか?」という疑問を持ってしまう数字だ。他地域に、同様の比較のできるデータ(身体障害の等級別人数など)を容易に見いだせないため、本当に少ないのかどうかを現時点で断言することはできないが、申請や支給決定に関して、何らかの抑制策が取られている可能性は考えてもよいところだろう。
(注)「居住する自治体に障害者を対象とした介護事業所がない」というケースは少なくないが、「全国ホームヘルパー広域自薦協会を利用する」などの方法で対処できる。
小野市の障害者数・ヘルパー派遣利用者数を、東京都世田谷区と比較してみた。
(表)
(*)小野市が公開しているデータは、人数ではなく世帯数。人数は不明だが、少なくとも世帯数と同数以上と考えられる。この「32(人)」は、見積もられる最少の人数。
(**)障害者数と(***)のヘルパー派遣利用率より推計。
(***)http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/107/160/784/d00038069_d/fil/38069_4.pdf 10ページによる。
障害者福祉に関して、もう一点、気になったのは、精神障害者比率が少ないことである。同資料によれば、精神障害者保健福祉手帳の所持者は177人である。総人口に対して、0.35%となる。全国平均の2.5%に対して、文字通り「桁違い」に少ない。障害者手帳を取得すること、すなわち精神障害者としての「公認」を受けることには、「犯罪に巻き込まれた時、加害側・被害側のいずれでも不利な扱いを受ける」など、障害者福祉制度の恩恵による若干のメリットを上回るデメリットがあるため、精神障害があっても手帳を申請しない人々は少なくない。特に地方では「将来の本人の進路が制約を受ける」「きょうだいの結婚や就職に支障がある」という理由で、手帳を申請しない選択がなされることも多い。小野市の場合、なぜ手帳を申請する精神障害者が少ないのかは、筆者には全く分からない。しかし、福祉行政・土地柄を含めて、何らかの背景があるのだろう。
では、生活保護に関してはどうだろうか? 小野市はやはり、「なぜ?」と疑問が持たれる少なさなのである。一世帯あたりの人数が影響している可能性も考慮し、世帯での保護率も算出してみた。
(表)
(*)は筆者による計算 <出典>全国:http://www.ipss.go.jp/s-info/j/seiho/seiho.asp
兵庫県・小野市:http://web.pref.hyogo.lg.jp/kk11/oshirase-sougoude-ta/toukeisyoheisei22nen.html
小野市で生活保護制度の利用が少ない背景については、福祉支出抑制政策・地域性を含め、数多くの可能性を考えることが可能だ。しかし、小野市について「あの適正化条例の小野市」以上の知識をもたず、一度も足を踏み入れたことのない筆者には、現在のところ、
「特に豊かな地域というわけでもなさそうなのに、なぜ、生活保護率が、こんなに低いんだろう?」
という疑問を提示する以上のことはできない。
小野市の、今回の適正化条例に関して最も問題視されていることは、憲法違反であり、人権侵害の容認であるということだ。もちろん、それらは問題なのだが、本来ならば、市の全体に福祉支出抑制のプレッシャーがある可能性も含め、背景にあるさまざまな問題の1つひとつに、適切な対策が取られるべきだったと思う。しかし、熟議どころか、市議会での賛成多数という流れのもと、この条例案は可決されてしまった。
生活保護はおそらく、問題が現れやすい氷山の一角にすぎない。生活保護や当事者が問題であるかのように見え、かつ見せられるときほど、氷山の本体に注目しなくてはならない。しかし、現実に小野市で起こった動きを支持する人々は、「あくまでも氷山の一角だけが問題なのだ」という視点に立っている。そこに在住しているわけでもない一個人は、あまりにも無力で、できることも少ない。
次回は、3月11日に開催された、厚生労働省・社会・援護局関係主管課長会議についてレポートする。絶望せず、思考と行動を続けるために、まずは政策の現在を知ろう。
*元記事は以下のリンクから読めます。
http://diamond.jp/articles/-/33950